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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)2647号 判決

原告 川本赳夫

被告 日本弁護士連合会

右代表者会長 宮田光秀

右訴訟代理人弁護士 中田孝

同 鈴木一郎

主文

原告の訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告は「一、被告は原告及び所属会員に対し、原告執筆の「刑事通常事件大激減」と題する論文をすみやかに被告の発行する機関誌『自由と正義』に掲載せよ。二、被告は日本国民、国、被告の会員及び原告に対して、原告執筆にかかる後記内容の挨拶状をすみやかに右『自由と正義』の第一頁に掲載せよ。三、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

1  原告は、千葉県弁護士会所属の弁護士で、同時に被告の会員であり、被告は弁護士法により全国の弁護士及び弁護士会で構成された法人である。

2  原告は、正確な司法統計に基づいて刑事事件数の減少を論じた「刑事通常事件大激減」と題する原告執筆の論文(以下、単に本件論文という。)を被告が定期に発行する機関誌「自由と正義」に掲載するよう再三にわたり被告に要求してきたが、被告はこれに応じない。しかし、被告は弁護士及び弁護士会の団体として準公法人的性格を有しており、その性格上司法統計数字を会員全員に周知せしめる義務がある。従って、被告は、司法統計を内容とした本件論文のような論文の掲載要求があったときは、最優先的に右「自由と正義」誌上に掲載する義務がある。

3  また、被告は、現在においては戦前と比べて事件数が半減しているのに、昭和四八年四月一日付発行の「自由と正義」において、第一審の民事・刑事の受理件数増加率は、戦前昭和一七年と比較すると昭和四六年では二〇倍を超える旨の事実と全く相違した会長挨拶を掲載し、国民、国、被告の会員及び原告に対して誤った宣伝を行った。このようなことは被告の準公法人的性格からして許容できないものであり、被告は右のような誤報をしたことを詫びる旨の挨拶状(以下、本件挨拶状という。)を「自由と正義」誌上に掲載する義務がある。

4  以上により原告は被告に対し、被告の発行する機関誌「自由と正義」に本件論文並びに本件挨拶状の掲載を求めるため本訴に及んだ。

二、被告は、主文同旨の判決を求め、その理由として、本件論文を被告の発行する機関誌「自由と正義」に掲載することを求める請求については、被告がその機関誌「自由と正義」にいかなる論文を掲載するか、投稿原稿をいかに扱うか等被告の機関誌編集に関する事項は、弁護士法に基づく自治的、自律的団体である被告の純然たる内部の問題として、被告の自主、自律の措置に委ねられており、且つ被告の本件論文不掲載の処置は原告の市民法上の権利義務に何ら関しないから、原告の右請求の当否は司法審査の対象とならない、又、日本国民、国、被告の会員に対する本件挨拶状掲載請求については、原告に訴を提起する法律上の利益は存しないことが明らかである、と述べた。

理由

一、原告の本件論文掲載請求について

原告は、本件論文の内容が重要であること及び被告が準公法人的性格を有する特別法人であること等を理由にその掲載を求めているが、被告は、弁護士の使命及び職務にかんがみその品位を保持し、弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士及び弁護士会の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とし、全国の弁護士及び弁護士会を構成員とする団体であり(弁護士法四五条、四七条)、弁論の全趣旨によれば、被告は右目的を実現するため、会規等の規範を定め、各種委員会等の機関を設置して、自主的・自律的に会務の運営に当り、編集委員会が機関誌の編集を目的とし、右目的達成のため、右機関誌に登載する原稿及び広告を募集又は依頼する事務を担当していることが認められるところであって、機関誌「自由と正義」は、このような被告の自治組織に基づく自主的判断により編集、発行されるものというべきである。それ故、右機関誌の編集、発行に伴う原稿の採否の決定は、その編集者たる編集委員会ないし発行者たる被告の思想、意見ないし社会的立場に基づき、当該原稿の内容の優劣、掲載の適否を判断してこれを行うものであるから、その編集者ないし発行者の最終判断に委せられるべきものであって、その採否の判断の当否を審査し、具体的に法令を適用してその争を解決調整できるものとはいえないことは明らかである。従って、原告の本件論文掲載を求める本訴請求は不適法といわざるを得ない。

二、原告の本件挨拶状掲載請求について

原告が被告に対し本件挨拶状の掲載を求める理由とするところは、必ずしも明確ではないが、仮に名誉毀損に基づく原状回復請求であるとみる余地があるとしても、その具体的事実の指摘がないだけでなく、その掲載を求める挨拶状の記載内容を原告の本件論文の内容に照らして考えると、本件挨拶状は本件論文と同旨の内容の意見にすぎないとみられるから、本件挨拶状掲載請求は、右原状回復請求として構成することはできず、むしろ、原告が被告に対し、被告会長名をもって、本件論文と同旨の意見を掲載することを求めるものというべきであって、他に右請求を理由あらしめるに足りる主張はない。

ところで、被告が機関誌にいかなる内容を盛るかは被告の自主的判断に委されていることは前叙一のとおりであるから、右意見を掲載するか否かの判断の当否の審査を求める原告の本件挨拶状掲載請求も、前叙一のとおり不適法といわざるを得ない。

三、以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも不適法な訴として却下を免れない。よって、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西山俊彦 裁判官 遠藤賢治 裁判官豊田建夫は職務代行を解かれたので署名押印することができない。裁判長裁判官 西山俊彦)

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